フリートウッド・マックに加わる前のスティーヴィー・ニックスとリンジー・バッキンガムが、デュオとしてリリースした唯一のスタジオ・アルバムが最新リマスターでハイレゾ配信を開始した。

1975年のリリース以来、『Buckingham Nicks』は長らく風変わりな存在として扱われてきた。発売当初は売れ行きが振るわず、すぐにポリドールのカタログから削除されてしまったものの、このアルバムには若き日のリンジー・バッキンガム(Lindsey Buckingham)スティーヴィー・ニックス(Stevie Nicks)が互いのケミストリーを磨き上げていく姿が刻まれていた。そのケミストリーこそが、後にフリートウッド・マック(Fleetwood Mac)での活動へと直結し、1970年代半ば以降、この作品を長らくコレクターズ・アイテムたらしめたのである。今回、正式かつ本格的にリイシューされたことで、アルバムを純粋に音楽的価値だけで評価することが可能になった。いわゆる「失われた名作」と呼ぶには及ばないかもしれないが、それでもなお、この作品は彼らの形成期を示す見事な記録であり、のちにフリートウッド・マックを1970年代を代表する成功したバンドへと押し上げるサウンドの設計図となっている。

Lindsey Buckingham & Stevie Nicks (1973)
Lindsey Buckingham & Stevie Nicks © Jimmy Wachtel

特筆すべきは、キース・オルセンがプロデュースを手がけた点だ。彼は二人のシンガーかつソングライターとしての資質を見抜いただけでなく、その音響的ビジョンによって、このレコードをフリートウッド・マックの飛躍につながる作品へと仕立て上げた。オルセンはエンジニアの精密さとポップ・プロデューサーとしての耳を併せ持ち、アルバムに艶やかな仕上がりを与えつつも、親密さを失わせなかった。オーバーダビングを駆使し、バッキンガムに複数のギターパートを重ねさせながらも、透明感を犠牲にすることはなかった。同時に、ニックスの声をその独自の魅力が引き立つように配置した。スモーキーで完璧ではないが、強いカリスマ性を放つ声。そのテクスチャーとクリアさの組み合わせは、1975年のセルフタイトル作をはじめ、フリートウッド・マックの70年代中期サウンドの決定的特徴となっていった。両アルバムのつながりは曲にも明白に表れている。「Crying in the Night」は、フリートウッド・マックの「Monday Morning」に通じる、きらめくようなプロダクションを先取りしたギターフレーズとボーカル・アレンジで幕を開けるし、一方、「Don’t Let Me Down Again」ではバッキンガムのリズム感覚が前面に押し出されている。最も示唆的なのは「Crystal」だ。ニックス作曲によるこの曲は、本作ではバッキンガムが歌っており、空気感に満ちたサウンドステージ、繊細な音の質感、そして憧憬を帯びたメロディによって雰囲気を描き出している。フリートウッド・マックが1975年にこの曲を再録した際には、オルセンのもと、ニックスがリードをとり、彼女のバンドにおける役割を決定づける曲となった。両バージョンの連続性は、オルセンが二人のケミストリーを守っただけでなく、それを積極的にフリートウッド・マック特有のブレンドへと形成していったことを示している。

ラストを飾る「Frozen Love」は、このアルバムとフリートウッド・マックをつなぐ橋となった楽曲だ。この曲こそ、オルセンが自身のスタジオ環境を披露するためにミック・フリートウッドへ聴かせたものであり、フリートウッドはバッキンガムのギターだけでなく、プロダクションそのものに感銘を受けた。この瞬間こそが、バッキンガムとニックスがフリートウッド・マックに招かれる直接のきっかけとなり(しかもバッキンガムは「2人はペアである」と主張した)、さらにオルセンがバンドの次作をプロデュースすることへとつながったのである。こうして『Buckingham Nicks』は、ロック史における最も劇的な成功譚の導火線となった。