ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は、録音数、クオリティーともに世界トップクラスのオーケストラである。昨年10周年を迎えた彼らの自主レーベルである「ベルリン・フィル・レコーディングス」の作品を、歴代の指揮者で振り返ってみよう。

世界で最も録音の数が多いオーケストラはどこか。詳しく調べたわけではないが、ベルリン・フィルが上位にくるのは間違いないだろう。20世紀半ば以降、ドイツグラモフォンやEMIなどクラシックの主要レーベルが膨大な数のアルバムをリリースし、多くの名録音が今日まで聴き継がれている。もちろん数が多いだけでなく、充実した演奏が多いことでも群を抜く存在だ。

カラヤンの時代以降は最新技術の導入にも積極的で、CDなどデジタルメディアの採用も早かった。アバド、ラトルの時代もその姿勢を受け継ぎ、音楽監督にペトレンコを迎えたいまもメディア展開で最先端を進んでいる。ラトルの時代には他のオーケストラに先がけて映像配信サービス「デジタル・コンサートホール(DCH)」を導入して注目を集めた。そして、自主レーベル「ベルリン・フィル・レコーディングス」を設立したことも大きな前進だ。ハイレゾ録音にも意欲的に取り組んでおり、音質へのこだわりでも他の追随を許さない。高品質なQobuzで聴くべき第一の理由がそこにある。

DCHもそうだが、自主レーベルはオーケストラが自分たちの意志で演奏活動の記録を聴き手に直接届けることを目指して設立された経緯がある。既存のレーベルではシリーズものなど規模の大きな企画はなかなか実現が難しいが、自主レーベルならオーケストラが望む形での提案ができる。実際にベルリン・フィル・レコーディングスのラインナップには、ブルックナーやベートーヴェンの交響曲全集など、集大成的なチクルス(シリーズ)や希少性の高い演奏会のライヴが並んでいる。聴き手が自由にテーマを決めて集中的に聴けるQobuzは、現在のベルリン・フィルの全貌を知るには最適なプラットフォームなのだ。

フルトベングラー、カラヤンの録音にも他のレーベルでは聴けない貴重な音源が揃っているが、ここではアバド以降の歴代の首席指揮者に焦点を合わせ、ベルリン・フィル・レコーディングスの必聴アルバムを紹介する。

サー・サイモン・ラトル指揮 『シューマン:交響曲全集』

ベルリン・フィル・レコーディングスは、2014年に発売されたラトルによるシューマンの交響曲全集でスタートを切った。ラトルはアバドの後継として2002年から2018年まで芸術監督と首席指揮者をつとめており、この録音が行われた当時も、演奏の方向性を互いに深く理解し合う関係を築いていた。そんな時代に録音されたシューマンの交響曲群は、「自分たちが目指すシューマンはこれだ」という明確なメッセージをオーケストラと指揮者が共有した見事な演奏で、4つの交響曲を通して聴くと、強い一貫性が感じられる。低音楽器の支えの厚さなどベルリン・フィルならではの響きを確保しながらもリズムを刻む音符は短めに切り、厚塗りにならない見通しの良いハーモニーを作り出している。響きの明瞭さを欠くなど、シューマンの交響曲についてはオーケストレーションの課題が指摘されることがあるが、ラトルとベルリン・フィルの演奏を聴く限り、そんな不満を感じることはほとんどない。

特に第4番は澄んだハーモニーの美しさが際立つ。ラトルは一般的な1851年の改訂版ではなく、1841年初稿版の楽譜を選び、ベルリン・フィルのメンバーがその初稿版の長所を深く理解していることが録音からも聴き取れる。改訂版とはオーケストレーションが異なる部分があり、他の録音で聴き慣れた響きと違うので最初は戸惑うかも知れないが、第4楽章まで通して聴くと、初稿版を選んだ理由がよくわかる。他の曲もそうだが、シューマンの交響曲はいまひとつ良さがわかりにくいと感じていた人も、この演奏を聴けば印象が変わるのではないか。特にハイレゾで聴くとハーモニーの透明感が際立ち、真価が伝わりやすい。

ラトルによる交響曲全集はシューマンに加えてベートーヴェン(2015年録音)とシベリウス(2014〜2015年録音)があり、Qobuzならどちらもハイレゾで全曲聴くことができる。

ベートーヴェンは特に第1番から第5番までの前期の作品群でこの作曲家の革新性を明確に打ち出していて、ラトルらしさ全開。その個性に応えるベルリン・フィルの柔軟な音楽性が斬新な響きを生み、何度聴いても高揚した気分を味わえる。

サー・サイモン・ラトル指揮『ベートーヴェン:交響曲第1番~第9番』

シベリウスはフィンランドのオーケストラの澄み切った響きとドイツのオーケストラの緻密なアンサンブルをかけ合わせたような魅力があり、ベルリン・フィル・レコーディングスの音源のなかでは良い意味で異彩を放っている。シベリウスの交響曲全集はハイレゾならではの遠近感の深さが聴きどころで、透明で静謐な空気感は格別。熱量の高い音が聴けるLPレコードと聴き比べるのも楽しい。

サー・サイモン・ラトル指揮『シベリウス:交響曲第1番~第7番』

BPO_Sibelius_Vinyl

クラウディオ・アバド指揮 『ザ・ラスト・コンサート』

クラウディオ・アバドは1990年から2002年まで芸術監督をつとめた。34年間に及ぶカラヤンとの関係が終了したあと、ベルリン・フィルが自主的な演奏活動を加速させる重要な時期に新しい風を送り込んだのがアバドだ。2002年に監督のポストから退いたあとも毎年のように指揮台に上がってオーケストラとの緊密な関係を維持し、ベルリンの聴衆にとって特別な音楽家であり続けた。それはベルリン・フィルのメンバーたちも同じで、アバドでなければ引き出すことができない表現や響きが確実に存在していた。

その緊密な関係はメジャーレーベルのカタログに並ぶ数々の名録音からもたどることができるが、ベルリン・フィル・レコーディングスからも貴重な音源がリリースされた。アバドがベルリン・フィルを振った最後の演奏会(2013年5月)を収録したライヴ音源、『ザ・ラスト・コンサート』である。メンデルスゾーン「真夏の夜の夢(抜粋)」とベルリオーズ「幻想交響曲」を組み合わせたプログラムのキーワードは「夢」。作風がまるで異なる2つの作品から洗練された響きを引き出すアバドの感性豊かな演奏は何度聴いても感動を誘う。特にメンデルスゾーンは声楽はもちろんのこと弦や木管も繊細かつ生き生きとした表情で旋律を歌い、この作品へのアバドの愛情の深さが伝わる。弦楽器の瑞々しい音色と木管の柔らかく豊かな響きをとらえた自然な録音もあいまって、この作品の最上の演奏と筆者は確信している。ベルリン・フィルならではのスケールの大きな「幻想交響曲」も必聴の名演だ。

キリル・ペトレンコ 指揮『コラボレーションのスタート』

Beethoven · Tchaikovsky · Schmidt · Stephan

※ダウンロード販売のみ

ラトルの後任としてキリル・ペトレンコが選ばれた時、意外な人選に驚きの声が上がった。それまで共演の機会が数回しかなかったにもかかわらず、なぜベルリン・フィルはペトレンコをパートナーに選んだのか。『コラボレーションのスタート』と題された就任記念アルバムを聴けば、その答えがわかる。

首席指揮者就任の直前と直後に行われた演奏会の選曲から、ペトレンコとベルリン・フィルが目指す音楽の方向性が浮かび上がる。ベートーヴェンの交響曲2作品はドイツ音楽をレパートリーの中核に据えるというオーケストラの方針を象徴するプログラムで、これはベルリン・フィルとしては当然の選択だ。チャイコフスキーの交響曲第5番と第6番はペトレンコの音楽文化の背景であるロシア音楽の重要性を物語る。そしてもう一つの柱は、重要な存在にも関わらず今日演奏機会が少ない作曲家に焦点を合わせることで、このアルバムではフランツ・シュミットとルーディ・シュテファンが選ばれた。

この3つのテーマに沿った選曲は就任から6年目を迎えた今日のプログラムにも反映されており、ペトレンコ率いる現在のベルリン・フィルが目指す演奏活動の方向はまったくぶれていない。ベルリン・フィル・レコーディングスでもショスタコーヴィチやラフマニノフの作品集、ベルクのヴァイオリン協奏曲など、ペトレンコ時代の幕開けにふさわしい重要な録音が続々と登場しており、その大半をQobuzではハイレゾで聴くことができる。

ベートーヴェンとチャイコフスキーの演奏を聴くと、指揮者とオーケストラの関係がベルリン・フィルにおいても変化し始めていることがわかる。就任公演で披露した「第九」は速めのテンポ設定に加えて、強弱と濃淡の対比を強めに描き出すアーティキュレーションが目立つ。伝統的な演奏とは異なり、かなり踏み込んだ解釈なのだが、録音を聴く限り演奏者の戸惑いやアンサンブルの乱れは皆無で、むしろ集中力と一体感が際立つ。記念公演ならではの特別な高揚感もあるかもしれないが、指揮者とオーケストラが音楽観を共有していなければここまでのテンションは生まれないはずだ。

チャイコフスキーの第5番は第2楽章から第3楽章にかけて耳を疑うような体験が待ち受けている。これまで聴いたことがないほどクレッシェンドの到達点でエネルギーがあふれ出す第2楽章に続き、第3楽章での精緻極まるアンサンブルの見事なこと! ベルリン・フィルのポテンシャルはまさに天井知らずだ。

ペトレンコは、指揮者として自分が目指す音楽の方向を明確に提示することの重要性とともに、その方向についてオーケストラのメンバー一人ひとりの共感や理解を得ることが不可欠という趣旨の発言を繰り返している。ベルリン・フィルに限らず現代のオーケストラではそうした緊密なコラボレーションのが当たり前になりつつあるが、ペトレンコほど確実にその姿勢を貫き、実際に大きな成果を上げている例はそれほど多くない。それを実証するライヴの記録として、このアルバムには特別な価値がある。

オーケストラが主体となって運営するレーベルでなければ実現できないプロジェクトとして、ブルックナーとマーラーの交響曲全集を最後に紹介しておこう。ベルリン・フィルの首席指揮者と客演指揮者による集大成と呼べる壮大なシリーズで、ブルックナーは2009年の小澤征爾から2019年のP.ヤルヴィまで、マーラーは2011年のアバドとラトルから2020年のペトレンコまで、いずれも異なる指揮者の音源を集めている。同じ指揮者とオーケストラでの全集ではなく、複数の指揮者が振り分けているわけだが、契約の縛りがあるメジャーレーベルではこうした企画は基本的に成立しない。Qobuzではブルックナーは全曲、マーラーは第2番《復活》を除く9曲をハイレゾで聴くことができる。ここでは演奏の詳細には触れないが、ハイティンクによるブルックナーの第4番と第5番、ペトレンコのマーラー第6番、アバドの第10番など、重要な録音がひしめている。ベルリン・フィル・レコーディングスならではの価値あるセレクションだ。

『ブルックナー:交響曲第1番~第9番』

ベルリン・フィル・レコーディングスはストリーミングの主要なサービスに音源を提供しているが、Qobuzはストリーミングとダウンロードの両方に対応していることに重要な意味がある。テーマを決めて複数のシリーズを横断して自由に楽しむだけでなく、特定のアルバムを手元のサーバーにダウンロードしてじっくり味わうのもありだ。吟味した再生システムで同レーベルのハイレゾ音源を再生すると、世界の頂点に立つオーケストラならではの浸透力の強いサウンド、そしてフィルハーモニー・ホールの見通しの良い響きをもらさず引き出すことができる。