2024年12月、洋館を使ってECMの音楽を聴くエキシビションが行われた。Qobuzはこの開催期間中、館内で流す音源を提供。5組のセレクターによって作成されたプレイリストは、イベントが終了した現在も、Qobuzのサイト内で公開中だ。

2024年12月にECMのエキシビション「Ambience of ECM」が、東京の九段ハウスで開催された。1927年に建てられた歴史的建造物であるスパニッシュ様式の洋館には、ドイツ本国から輸入されたポスターの展示と共に、各部屋にそれぞれ異なる音響システムが導入され、ECMの音楽を聴く特別なリスニング環境を提供した。

Ambience of ECM at kudan house
Ambience of ECM at kudan house

そこでは、5組のセレクター(岡田拓郎、岸田 繁、原 雅明、三浦透子、SHeLTeR ECM FIELD (Yoshio + Keisei))がECMの膨大なディスコグラフィーから選曲したプレイリストが流された。

Ambience of ECM at kudan house
Ambience of ECM at kudan house

現在Qobuzで公開されている各プレイリストから、楽曲の収録されたアルバムを1枚ずつピックアップして紹介したい。ECMはコンピレーション・アルバムを基本的に作らず、他のレーベルがECMの楽曲を使ったコンピレーションやミックスを企画しても使用を許可することは殆どない。1枚のアルバムとして表現された世界観を大切にしているからだ。この紹介が、プレイリストの楽曲からアルバムへと遡るガイドになれば幸いである。



ライナー・ブリューニングハウス『Freigeweht』

(SHeLTeR ECM FIELD (Yoshio + Keisei)セレクト・プレイリスト 「Radspuren」収録)

ピアニストのライナー・ブリューニングハウスはシンセサイザーも演奏するが、1980年録音の初リーダー作『Freigeweht』に、同時代のジャズ・フュージョンのような明るい響きはない。むしろ、ポスト・パンクのクールなミニマリズムを感じるところもある。ケニー・ホイーラーのフリューゲルホルン、ヨン・クリステンセンのドラム、ブリンヤル・ホフのオーボエという興味深い変則的なカルテットは、複合的なアンサンブルとシンセサイザーのサウンドスケープをかけ合わせる。「Radspuren」では、室内楽的で端正なピアノのヴォイシングから、シンセサイザーのミニマルな反復とソロ楽器のように饒舌なドラムへと繋がる。タイトル曲の「Freigeweht」もドラムは躍動感があるが、シンセサイザーのサウンドスケープが全体をひんやりとした空気に包む。ECMは高音質のヴァイナル・レコードの再発シリーズ「Luminessence」で、『Freigeweht』をリイシューしたばかりである。そこに寄せたライナーノーツでブリューニングハウスはこう述べている。

「私は一面的な音を楽しむことはできない。複合的で複雑な音でなければならないし、全体が調和していなければならない。利用できる技術的手段が複雑になればなるほど、私にとってエレクトロニクスはより興味深いものになった」


パウル・ギーガー『Alpstein』

(三浦透子セレクト・プレイリスト 「Zäuerli (Pt. 1)」収録)

ストリート・ミュージシャンとしてアジアを旅し、ザンクト・ガレン交響楽団のコンサート・マスターを経て、自分の音楽を演奏し始めたパウル・ギーガーは、ECMの中でも特にカテゴライズされにくい音楽家の一人である。ギーガーのヴァイオリンは、倍音や微分音も使って、あらゆる音をコントロールするかのようだ。伝統的な音楽を奏でるプリミティヴな楽器に聴こえることもあれば、アンビエント空間を構築する音響装置のように響くこともある。『Alpstein』のラストの「Trogener Chilbiläbe」では、窓を開け放った環境で録音されたと思われる街の喧騒が背景から聴こえ、それも演奏の一部と化している。ヤン・ガルバレクのテナー・サックス、ピエール・ファーヴルのパーカッションをフィーチャーしたこのアルバムでは、3人の演奏が重なることは殆どなく、ゆるやかにそれぞれの楽器が響き、スペースが保たれている。トリオの演奏という趣きではないが、時折、強く共鳴する瞬間が耳を惹きつける。スイスのヘリザウ生まれのギーガーのレパートリーは、バロックから現代音楽、民族音楽、ジャズと即興音楽まで多岐に渡り、管弦楽や室内楽、映画音楽の作曲も手掛けている。多才な音楽家であり、自分の声を持った演奏家である。


アンドラーシュ・シフ『Leoš Janáček - A Recollection』

(岸田 繁セレクト・プレイリスト 『4つの小品《霧の中で》 』より「第1曲: Andante」「第2曲: Molto adagio」「第3曲: Andante」「第4曲: Presto」収録)

ハンガリー出身のピアニスト、アンドラーシュ・シフは、レオシュ・ヤナーチェクのピアノ曲を長年演奏しており、この録音も強い希望で実現した。ハンガリー民謡の研究家であったバルトークと同じように、ヤナーチェクも出身地であるモラヴィア地方(チェコ東部)の民謡を採譜して作曲に採り入れた。それは特にピアノ曲に反映されていたが、政治的に不安定な状況下での民族の文化的復興にも関わるもので、デモ中に死亡した労働者に捧げた「ピアノ・ソナタ《1905年10月1日》」も含まれる。シフによるヤナーチェクのピアノ曲の演奏は他レーベルでも聴かれるが、ECMでの録音は際立っている。サウンドに奥行きがあり、深い余韻を残す。ECMが公開しているシフのインタビューで、マンフレート・アイヒャーによるプロデュースについて語っていることがすべてを言い表している。

「彼のレコーディングは特徴的で、彼がレコーディング・セッションに来ると、どうやるのかわからないけど、マイクをほんの1ミリ左右に置くだけで、音が奇跡的に、魔法のように完全に変わるという特別な感覚を持っている」「ECMのレコーディングは単なるサウンド・ドキュメントではなく、ひとつのゲザムトクンストヴェルク(総合的な芸術)だ」


ベン・モンダー『Amorphae』

(岡田拓郎セレクト・プレイリスト 「Oh, What A Beautiful Morning」収録)

コンテンポラリーなジャズ・ギタリストとして影響力のあるベン・モンダーだが、初リーダー作『Amorphae』は、アンビエント・ジャズやドローンとも言えるサウンドを聴ける。ロジャース&ハマースタインによるブロードウェイ・ミュージカルの代表曲「Oh, What A Beautiful Morning」は、ポール・モチアンのドラムとのデュオ演奏で、途中からフィードバック・ノイズとリヴァーブがメロディーを凌駕していき、シューゲイザーのような展開に至る。アルバムの楽曲は、モチアンかアンドリュー・シリル、どちらかのドラマーとのデュオと、ピアニストのピート・レンデが弾くシンセサイザーを加えたトリオの演奏によるものだ。モチアンとシリルについて、「常に創造的で、決して自明ではなく、自分の声を保ちながら他の人の声に反応するというバランスを保っている」とモンダーはプレスリリースで述べている。そのドラミングによって、ギター演奏の可能性を広げるアルバムが仕上がった。プロデュースはマンフレート・アイヒャーではなく、現在は主宰するレーベルRed HookでポストECMといえる音楽をリリースしているサン・チョンによるもの。21世紀のECMサウンドとなるアルバムを生んだ。


ジョン・サーマン『Words Unspoken』

(原 雅明セレクト・プレイリスト 「Pebble Dance」収録)

80歳を迎えたイギリスのサックス奏者、ジョン・サーマンは、ビッグ・バンドからフリー・インプロヴィゼーションまで、ウード奏者のアヌアル・ブラヒムとの演奏(『Thimar』)から一人の多重録音(『Withholding Pattern』)まで、あらゆるフォームに向き合ってきた。その最新作(2024年現在)は、ドラマーのトーマス・ストレーネン、ギタリストのロブ・ルフト、ヴィブラフォン奏者のロブ・ワーリングとの新しいカルテットでの録音。70年代のECMが志向したフリーフォームな演奏のアップデートを感じる。ストレーネンやルフトが演奏する現在進行系のジャズやいまのECMのサウンドに、サーマンの開放的な演奏が融合している。「Pebble Dance」の躍動感のあるアンサンブルは特に印象的だ。そのソプラノ・サックスには時代を超えた融和的な響きがあり、トライバルなフレージングも取り込んでいる。「Words Unspoken」ではバリトン・サックスのダイナミックで豊かな響きを軸に繊細な背景が生まれ、「Graviola」ではバリトン・サックスとギターが入れ替わるようにグラデーションを作る。ルフトのアンビエント的な音作りにも難なく対応できるサーマンのフレッシュな演奏は、べテランという枠に留まらない。


Ambience of ECM at kudan house
Ambience of ECM at kudan house